M&Aの税務とは?株式譲渡・事業譲渡の税務差とストラクチャーを解説

M&Aにおいてスキームの選択は、単なる手続きの問題ではありません。どのスキームを選ぶかによって、売り手・買い手それぞれに発生する税負担が大きく変わります。中小企業のM&Aで最も多く使われる「株式譲渡」と「事業譲渡」は、税務上のメリット・デメリットが異なり、当事者の立場によって有利・不利も変わります。
本コラムでは、M&Aの税務の基本から始め、株式譲渡と事業譲渡それぞれの課税関係、双方の税務上の比較、そして実務で知っておくべきストラクチャーの勘所を解説します。

M&Aと税務の基本

M&Aのスキームは大きく「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つに分けられます。株式譲渡は売り手が保有する対象会社の株式を買い手に譲渡するスキームです。事業譲渡は対象会社が特定の事業(資産・負債・契約・人員など)を切り出して買い手に譲渡するスキームです。この2つのスキームは税務上の取り扱いが根本的に異なります。

税務の観点でスキームを考えるときに重要なのは、「誰がどの税を負担するか」「税率はどれくらいか」「節税や繰延の余地はあるか」という3点です。M&Aの当事者(売り手・買い手)は立場によって税務上の利害が異なることが多く、スキーム交渉の中で税務条件が重要な論点になることがあります。

M&Aに関連する主な税目

M&Aに関連する税目としては主に以下のものがあります。譲渡所得税・住民税(個人株主が株式・事業を譲渡する場合)、法人税・地方税(法人が株式・事業・資産を譲渡する場合)、消費税(事業譲渡で消費税課税対象の資産が含まれる場合)、登録免許税・不動産取得税(不動産が含まれる場合)、贈与税・相続税(株式の贈与・相続が絡む場合)がそれに該当します。スキームによってこれらの税目の発生有無と税額が大きく変わるため、M&A検討の早い段階から税務専門家(税理士・公認会計士)を関与させることが重要です。

株式譲渡の税務:売り手側

株式譲渡における売り手の課税関係は、売り手が「個人(オーナー経営者)」か「法人(親会社など)」かによって異なります。

売り手が個人の場合

個人株主が株式を譲渡した場合、譲渡益(譲渡対価 - 取得費 - 譲渡費用)に対して所得税・住民税が課税されます。税率は上場株式・非上場株式ともに原則として20.315%(所得税15.315% + 住民税5%)の申告分離課税です。

税額の計算式は以下のとおりです。課税対象額(譲渡益)= 譲渡対価 - 取得費 - 譲渡費用。納税額 = 課税対象額 × 20.315%。

ここで重要なのが「取得費」の扱いです。取得費は株式を取得したときの価額(購入価格)です。中小企業のオーナー経営者が自ら設立した会社の株式を譲渡する場合、設立時の払込金額が取得費となります。取得費が非常に低い場合(例:資本金100万円で設立した会社を3億円で売却)、ほぼ全額が譲渡益として課税される場合があります。

取得費不明の場合の特例

株式の取得費が不明の場合(古い株式で購入記録が残っていないケースなど)は、譲渡対価の5%を取得費とみなす「概算取得費」を使うことができます。ただしこの場合、95%が課税対象となるため税負担が非常に重くなります。取得費の証明書類(払込証明書・登記記録・金銭消費貸借契約書など)を事前に整理しておくことで、適正な取得費を主張できる可能性があります。M&A前に税理士に相談し、取得費として認められる証拠を揃えておくことをお勧めします。

みなし配当課税への注意

自己株式の取得(会社が自社株を買い取るスキーム)の場合は通常の株式譲渡と税務上の取り扱いが異なり、「みなし配当」が生じる場合があります。みなし配当部分は配当所得として総合課税(最高税率55.945%)の対象となるため、通常の株式譲渡よりも税負担が重くなる可能性があります。自己株式取得を含むスキームを検討する際は、事前に税務専門家に確認することが必要です。

売り手が法人の場合

法人株主が株式を譲渡した場合、譲渡益(譲渡対価 - 帳簿価額 - 譲渡費用)が益金に算入され、法人税・地方税(実効税率は概ね30〜34%程度)が課税されます。個人の申告分離課税(20.315%)と比べると税率が高い点が特徴です。

ただし、子会社株式の譲渡の場合は受取配当の益金不算入制度など特殊な処理が絡むケースもあります。法人株主が株式を売却する場合は、税務専門家と連携して税額シミュレーションを行うことをお勧めします。

株式譲渡の税務:買い手側

株式譲渡における買い手側の税務は、売り手と比べると論点が少ないですが、のれんの処理や繰越欠損金の引き継ぎについて理解しておくことが重要です。

株式取得コストの取り扱い

買い手が株式を取得した場合、支払った取得価額は「子会社株式」としてB/S(貸借対照表)に計上されます。株式の取得価額それ自体は、取得した時点では費用(損金)になりません。株式を取得しただけでは税務上の費用が発生しないため、「税務上ののれん」は株式譲渡では生じない点が事業譲渡と大きく異なります。

繰越欠損金の引き継ぎ

株式譲渡で子会社化した対象会社が持つ繰越欠損金(過去の損失の未使用分)は、一定の要件を満たす場合に子会社内で引き続き利用できます。ただし、M&Aをきっかけとした「租税回避目的の繰越欠損金の濫用」を防ぐため、特定資産の譲渡等損失の損金算入制限・繰越欠損金の引継ぎ制限(法人税法第57条の2)などの規制があります。繰越欠損金の活用可能性と制限については、税務DDの段階で詳細に確認することが必要です。

株式取得後の減損リスク

株式譲渡で子会社化した場合、取得した子会社株式はB/Sに計上されたまま維持されます。子会社の業績が悪化した場合、子会社株式の評価損(減損)を計上する必要が生じることがあります。税務上、子会社株式の評価損は原則として損金算入が認められませんが、一定の要件(対象会社の時価が帳簿価額の50%未満に低下した場合など)を満たす場合には損金算入が認められます。買収後の業績管理と株式評価の継続的なモニタリングが重要です。

グループ通算制度との関係

買い手がグループ通算制度を採用している場合、新たに子会社化した対象会社をグループ通算に加入させることで、グループ全体の税務プランニングに影響します。グループ通算への加入時には一定の時価評価課税が行われる場合があるため、加入前に税務専門家と確認しておくことが重要です。

事業譲渡の税務:売り手側

事業譲渡は、法人が事業(資産・負債・契約など)を第三者に売却するスキームです。売り手の課税関係は株式譲渡と大きく異なります。

法人税の課税関係

事業譲渡では、売り手法人が事業を構成する個々の資産・負債を時価で譲渡したものとして課税されます。各資産の譲渡益(時価 - 帳簿価額)が益金に算入され、法人税・地方税が課税されます。株式譲渡では株式の譲渡益に一本で課税されるのに対し、事業譲渡では資産ごとの譲渡損益が計算される点が異なります。

消費税の発生

事業譲渡の最大の税務上の特徴の一つが消費税の発生です。事業譲渡の対象に消費税課税対象の資産(棚卸資産・機械設備・建物など)が含まれる場合、その部分に消費税が課税されます(現行税率10%)。株式譲渡では消費税は発生しません。

例えば、譲渡対象の課税資産の時価合計が2億円の場合、消費税として2,000万円が発生します。この消費税負担は通常買い手が売り手に支払うことになるため、実質的な取引コストが増加します。ただし買い手法人は支払った消費税を仕入税額控除として回収できるため、最終的な経済的負担は買い手に残らないのが原則です。一方、消費税の納税は売り手法人の義務であり、申告・納税の手続きが発生します。

売り手法人が解散する場合の課税

事業譲渡後に売り手法人を解散・清算する場合、清算所得(清算時の資産 - 負債 ± 資本金等の額 ± 繰越欠損金)に法人税が課税されます。さらに残余財産の分配を受ける個人株主には、みなし配当課税(総合課税)または譲渡所得課税が生じる場合があります。事業譲渡スキームを選択し、その後に法人を清算する場合は、最終的な税負担をあらかじめシミュレーションしておくことが非常に重要です。

法人段階の課税後、さらに個人課税が発生

事業譲渡では、まず売り手法人が法人税を支払い、その後に残った利益(税引後利益)を個人オーナーが配当や役員報酬として受け取る場合に、さらに個人レベルの所得税・住民税が課税されます。つまり「法人税(法人段階)+ 所得税・住民税(個人段階)」という二重課税が生じやすい点が、事業譲渡における売り手にとっての最大のデメリットです。

株式譲渡の場合は個人株主への課税(20.315%の申告分離課税)で完結するのに対し、事業譲渡では法人・個人の二段階課税になり得るため、手取り額が大きく減少するケースがあります。この点が、多くの売り手が株式譲渡を好む税務上の理由です。

事業譲渡の税務:買い手側

事業譲渡における買い手の税務には、株式譲渡にはない重要な特徴があります。

資産の取得と税務上ののれん(資産調整勘定)

事業譲渡では、買い手は取得した個々の資産・負債を時価で受け入れます。取得した純資産の時価(資産時価 - 負債時価)よりも支払対価が大きい場合、その差額を「資産調整勘定」(税務上ののれん)として計上します。この資産調整勘定は税務上、5年間(60ヶ月)で均等償却して損金算入できます。

つまり事業譲渡では、支払った買収プレミアム部分(のれん)を5年間で損金算入できるという税務上のメリットがあります。これは株式譲渡では享受できないメリットです。株式譲渡の場合、子会社株式の取得価額はそのままB/Sに残り続け、株式を保有し続ける限り税務上の費用にはなりません。

各資産の取得価額のステップアップ

事業譲渡では買い手が個々の資産を時価で取得するため、取得した資産の帳簿価額が時価(ステップアップした価額)になります。例えば帳簿価額1億円の土地を時価3億円で取得した場合、買い手の帳簿価額は3億円です。これにより、取得後にその資産を売却した場合の譲渡益計算の基準が時価ベースになり、将来の税負担が抑制されます。また、減価償却資産についても時価を取得価額として減価償却を計算できるため、減価償却費(損金)が増加するメリットがあります。

不動産取得税・登録免許税の発生

事業譲渡の対象に不動産が含まれる場合、不動産の所有権移転に伴い不動産取得税と登録免許税が発生します。株式譲渡では不動産の法的所有者は対象会社のままであるため(会社の実態として不動産を保有し続ける)、これらの税は発生しません。不動産を多く保有する会社の買収では、この点がスキーム選択の重要な考慮事項になります。

株式譲渡 vs 事業譲渡:税務比較

ここまでの内容を整理し、株式譲渡と事業譲渡の税務上の主な違いを比較します。

売り手側の比較

株式譲渡では個人株主の場合、譲渡益に対して20.315%の申告分離課税で完結します。税率が比較的低く、法人税との二重課税がないため、オーナー経営者にとって手取り額が多くなりやすいのが特徴です。事業譲渡では売り手法人に法人税が課税されたうえで、個人オーナーが利益を受け取る際にさらに所得税・住民税が課税される二段階課税になり得ます。この二重課税の影響により、同じ譲渡対価でも手取り額が株式譲渡より少なくなるケースが多いです。結論として、売り手(オーナー個人)にとっては税務上、株式譲渡のほうが有利になる場合が多いといえます。

買い手側の比較

株式譲渡では取得した株式はB/Sに資産として計上され、のれん部分を税務上で償却(損金算入)することができません。買収コストが税務上の費用にならないため、キャッシュフローの観点での即時的な税務メリットは限定的です。事業譲渡では資産調整勘定(税務上ののれん)を5年間で均等償却でき、取得資産の価額もステップアップするため、取得後の税負担が軽減される税務上のメリットがあります。結論として、買い手にとっては税務上、事業譲渡のほうが有利になる場合が多いといえます。

税務以外の要素も含めた総合判断

このように売り手は株式譲渡を、買い手は事業譲渡を好む傾向があります。税務だけで見ると双方の利害が相反するケースがほとんどです。実際の交渉では、税務条件の違いを価格に反映させる(例:事業譲渡を選択する代わりに買い手が高い価格を提示する)形でバランスを取ることがあります。最終的なスキームの選択は、税務だけでなく手続きの簡便性・許認可の引き継ぎ・簿外債務リスクの遮断・雇用の継続性なども含めた総合的な判断が必要です。

税負担の具体的なイメージ(試算例)

譲渡対価3億円、取得費(帳簿価額)500万円として、個人オーナーが株式譲渡した場合の税負担を試算します。株式譲渡の場合、譲渡益は約2億9,500万円です。税額は2億9,500万円 × 20.315% ≒ 約5,993万円となり、手取りは約2億4,007万円です。一方、同じ条件で事業譲渡を選択し、法人税(実効税率33%)と個人への配当課税(税率約20%)が二重にかかる場合、最終的な手取りは大幅に少なくなります。事業譲渡後に法人に残った税引後利益を個人が配当で受け取ると仮定すると、最終手取りはざっくり株式譲渡より数千万円少なくなるケースもあります。この数値はあくまでも概算例であり、実際の税額は条件によって大きく異なります。必ず税理士に個別試算を依頼することが重要です。

ストラクチャーの勘所

実務でM&Aのストラクチャー(スキームの組み方)を検討する際の重要な勘所を整理します。

会社分割(吸収分割・新設分割)の活用

事業の一部だけを切り出して売却したい場合、「会社分割」を活用するスキームがあります。会社分割は事業譲渡と似ていますが、従業員・契約・許認可が原則として包括承継される点で事業譲渡より手続きが簡便です。また、適格分割要件を満たす場合は法人税・消費税が非課税(課税の繰延)になる適格組織再編として処理できます。ただし要件の充足には慎重な確認が必要です。

適格組織再編とは

税制上の「適格組織再編」とは、合併・分割・株式交換・現物出資などの組織再編行為が一定の要件(継続保有要件・事業関連性要件・従業員引継ぎ要件など)を満たす場合に、課税を将来に繰り延べることができる制度です。グループ内再編や完全子会社化(株式交換など)では適格要件を満たしやすい一方、第三者とのM&Aでは適格要件を満たすことが難しいケースもあります。スキーム設計の段階で税務専門家と適格要件の充足可否を確認することが重要です。

株式取得後の合併・事業譲渡の組み合わせ

最初に株式譲渡で対象会社を子会社化し、その後に吸収合併・事業譲渡などを行うという段階的なスキームが採用されることがあります。例えば株式譲渡で子会社化した後に吸収合併することで、合併時に資産の時価評価(ステップアップ)を行いのれんの損金算入を図る方法があります。ただし段階的なスキームでは各段階での課税関係が複雑になるため、事前の綿密な税務設計が不可欠です。

役員退職慰労金の活用

中小企業の株式譲渡に際して、売り手のオーナー経営者が退職する場合、退職直前に「役員退職慰労金」を支給することで節税効果が得られる場合があります。役員退職慰労金は法人側で損金算入でき(法人税の軽減)、受け取るオーナー個人は退職所得として優遇された課税(2分の1課税)が適用されます。ただし、過大な退職金は法人側で損金算入が否認されるリスクがあるため、適正な金額水準の設定が重要です。税務専門家に適正額の試算を依頼することをお勧めします。

持株会社(ホールディングス)スキームの活用

M&Aの際に持株会社(ホールディングス)を活用するスキームがあります。例えば売り手がM&A前に事業会社の株式を持株会社に移し、持株会社の株式を売却することで、連結ベースでの株式譲渡を実現する方法です。また買い手側が買収専用のSPC(特別目的会社)を設立してそこで株式を取得し、その後SPC・対象会社を合併させることで、買収に要した借入(LBOローン)の利息を合併後の法人の損金として活用するLBO(レバレッジド・バイアウト)スキームも実務で用いられます。持株会社スキームは税務上の効果が大きい反面、スキームが複雑になるため、専門家チームによる慎重な設計と事前の税務当局への確認(事前照会)が重要です。

株式譲渡と事業譲渡の税務差を価格交渉に反映させる

スキームによる税務差(売り手・買い手それぞれの税負担の違い)は、M&Aの買収価格交渉に影響します。例えば、税務上不利な事業譲渡スキームを選択する代わりに、買い手が追加の対価を売り手に支払う形で税務コストを実質的に補填する交渉が行われることがあります。「スキームによる税務差=価格交渉の論点」という視点を持って交渉に臨むことで、双方にとって納得感のある合意を形成しやすくなります。

税務DDとM&Aにおける税務リスク管理

M&Aのデューデリジェンス(DD)では「税務DD」が重要な領域の一つです。対象会社が抱える税務上のリスクを事前に把握することで、買収後の予期せぬ追徴課税リスクを回避できます。

税務DDで確認すべき主なポイント

税務DDでは過去の税務申告の適正性を確認します。法人税・消費税・源泉所得税の申告に誤りや過少申告がないかを精査します。役員報酬・交際費・寄付金など税務上取り扱いが複雑な項目に誤りが潜んでいることが多いです。また税務調査の実績と未解決リスクとして、直近の税務調査の実施時期と結果、現在進行中の税務調査の有無、調査で指摘を受けた事項とその対処状況を確認します。さらに繰越欠損金の金額・使用可能期間・M&A後の使用制限の有無、移転価格のリスク(グループ会社間取引がある場合)、消費税の課税区分(特に事業譲渡スキームの場合)なども重要な確認事項です。

税務リスクの価格への反映

税務DDで潜在的な税務リスク(追徴課税の可能性)が発覚した場合、そのリスク相当額を買収価格の引き下げに反映させるか、表明保証・補償条項で手当することが一般的です。例えば「税務調査により追加の税負担が発生した場合は売り手が補償する」という条項を最終契約書に盛り込むことで、買い手は取得後の税務リスクをある程度カバーできます。

まとめ

M&Aにおける税務は、スキーム選択によって売り手・買い手双方の税負担が大きく変わる重要なテーマです。

株式譲渡は売り手(個人オーナー)にとって20.315%の申告分離課税で完結するため税務上有利ですが、買い手はのれんの税務上の償却ができません。事業譲渡は買い手が資産調整勘定(税務上ののれん)を5年間で損金算入できるメリットがある一方、売り手には法人税と個人課税の二重負担が生じやすく、消費税も発生します。

スキームの税務差は価格交渉の論点になり得ます。また、会社分割・適格組織再編・役員退職慰労金の活用など、ストラクチャーの工夫によって双方の税務コストを最適化できる余地があります。M&Aの検討初期から税務専門家(税理士・公認会計士)を関与させ、スキームごとの税務シミュレーションを行ったうえで意思決定することが、税務上のリスクを抑えてM&Aを成功に導く鍵です。

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